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2011/03/29 Tue
過日の東北地方太平洋沖地震により、多くの尊い命が奪われ、今もなお多くの行方不明者が

いらっしゃるという厳しい現実に言葉も有りません。

かけがえのない家族や幼い子供たちを失うという凄惨な報道に直面し、同じ家族を持つ者として、

幼い子を持つ親として胸が詰まる思いです。




かつて、長崎県島原市に住む私の母の実家も1991年(平成3年)6月3日に

死者行方不明者43名を出した雲仙・普賢岳大火砕流により長い避難生活を余儀なくされました。

当時、消防団員だった私の同級生も奥さんと幼い子を残して犠牲となりました。

警戒区域に残っていた報道関係者や地元住民に避難勧告を行う最中の悲劇でした。

被災者は、その後の厳しい避難生活において大きく体調を崩したり、

中には、将来を悲観し自ら命を絶たれた方もいらっしゃいました。


全国から寄せられた義援金や暖かい支援のおかげで、現在は被災地も見事に復興し、

母の実家も元の土地に戻り生活しています。

災害後に生まれた 「ひ孫」 たちに囲まれ祖母も元気に暮らしています。





今回の大震災により、被災された方々が希望を失わずに困難を乗り越えていかれることを

願って止みません。

お亡くなりになられた方々、不幸にも幼くして犠牲となった小さな命・・・

ご冥福をお祈りいたします。



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Category: ひとりごと
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